大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)1375号 判決

上告人

星野英夫

右訴訟代理人

浜名儀一

土佐康夫

被上告人

安田政雄

右訴訟代理人

鎗田健剛

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人浜名儀一、同土佐康夫の上告理由について

旧手形がこれを回収することなく新手形に書き替えられ、他に特段の事情もないため、右書替は単に手形債務の支払を延期するためにされたものと認めるべき場合において、右書替によつて新旧両手形の所持人となつた者は、新旧いずれの手形によつても手形上の権利を行使することができるわけであるが、いずれか一方の手形によつて手形金の支払を受けたときには、もはや他方の手形によつて重ねてその支払を受けることができないものとなることはいうまでもないところである。これを本件の場合についてみるに、上告人は、本件手形債務の消滅に関する抗弁として、上告人が訴外第一興業株式会社に対し受取人白地で振出交付していた本件手形について、上告人はこれを回収しないままその書替手形として本件第二手形を同じく受取人白地で振り出して同訴外会社に交付したと主張するだけでなく、同訴外会社から本件手形及び本件第二手形の交付による譲渡を受けた被上告人に対し本件第二手形の手形金を満期に支払つたと主張しているのであるから、もし上告人主張どおりの事実が存在するとすれば、被上告人が本件第二手形を本件手形の書替手形と知りながら取得した悪意の取得者であるときには、被上告人が本件手形によつて重ねて手形金の支払を上告人に求めることは許されない筋合となる。ところが、原審は、単に、上告人の主張する手形書替の点について、支払猶予の人的抗弁を生ぜしめるにとどまり、旧手形の手形債務が書替により消滅又は免責されるものではない旨を判示したのみで、本件第二手形が支払われたから本件手形債務は消滅した旨の上告人の主張についてはなんらの説示をせず、また、記録に徴すると、原審における上告人の主張は、本件第二手形が訴外会社と被上告人との間においても本件手形の書替手形として交付された旨の主張を含む趣旨のものと解されなくはないのに、この点について上告人の主張を明確にさせることをしないで、上告人の抗弁を理由がないとして排斥し、被上告人の本件手形の手形金請求を認容している。原審の右判断は、前記説示に照らすと、法令の解釈適用を誤つたか、又は審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。そして、本件は、さらに審理を尽くさせるため、原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 大塚喜一郎 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人浜名儀一、同土佐康夫の上告理由

第一、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反又は理由齟齬があり破棄を免れない。

一、本件手形の書替手形として新手形が振り出され、上告人が被上告人に新手形の手形金の支払いをなしたことに後述する通りであり、第一審の認定するところである(第一審判決は理由欄の冒頭に「原告が本件第二手形(新手形)を取立に回し決済をなしたことは当事者間に争いがない」と認定している)が、右事実を前提にすれば書替手形(新手形)の手形金が支払われているものであるから、書替手形(新手形)債務のみならず本件手形(旧手形)債務も消滅しているものと解すべきである。

けだし新手形、旧手形はそれぞれ独立の手形であるが同一の原因関係を基礎として振出され、当事者の主観では一つのものであるから、両手形中のいずれか一方が支払われれば他方も消滅することはいうまでもないからである。

二、しかるに原判決は「旧手形を現実に回収して新手形を発行する等特段の事情のない限り、単に旧手形債務の支払いを延期するものであり、仮に本件手形が新手形に書替えられたとしても、そのことは特段の事情についての主張立証のない本件においては手形債務について支払猶予の人的抗弁を生ぜしめるにとどまり、振出人の手形金支払義務が消滅又は免責されない」と判示し、最高裁判所昭和二九年一一月一八日第一小法廷判決民集八巻一一号二〇五二頁(以下判例(一)という)と最高裁判所昭和三一年四月二七日第二小法廷判決民集一〇巻四号四五九頁(以下判例(二)という)を引用する。

三、しかしながら、原判決引用の判例(一)(二)はそれぞれ本件とは事案を異にするもので、本件に右判例を適用して判断することはできない。

成程「書替手形の特質は、旧手形を現実に回収して新手形を発行する等特段の事情のない限り単に旧手形債務の支払いを延期する点にある」ことは格別異論はない。

ところで判例(一)は手形書替にあたり旧手形を返還しなかつた場合に新手形により手形金の請求をした事案で、判旨は旧手形債務の支払いを延長するために手形の書替が行われたときは新手形のみで手形金の請求ができると判示したものであり、判例(二)は手形書替にあたり担保として旧手形を返還しない場合に新手形により手形金の請求をしたところ、偽造ということで敗訴となつたため、旧手形により手形金の請求をした事案で判旨は書替の目的が支払延期のためであり、かつ旧手形はこれを新手形の見返り担保とする意味で回収されなかつた以上、旧手形に基く債務は譲渡の当事者間においても書替により消滅することはないと判示する。

このように新手形により請求するにせよ(判例(一))、旧手形により請求するにせよ(判例(二))いまだ他の手形についての支払はない場合の判例であり、本件のように新手形の支払がなされている旧手形の手形金請求事件とは事案が異なる。

原判決は上告人の抗弁を単に書替手形の抗弁、即ち支払猶予の人的抗弁と構成されているようであるが、上告人の主張は「書替手形を発行し且つその新手形を支払つたので、旧手形金債務は消滅している」という所謂支払の抗弁を主張しているもので、第一審判決もこれを認容しているものである。

従つて「書替手形の特質は旧手形を現実に回収して新手形を発行する等特段の事情のない限り、単に旧手形債務の支払いを延期するにある」という一般論は、書替手形(新手形)の交付を受けた者から旧手形により請求を受けた場合には、新手形の満期前は支払猶予の抗弁を主張できるが、旧手形債務を主張し得ないという意味に止まり(鈴木竹雄、法律学全集32、手形法、小切手法第二八八頁参照)、手形所持人が新旧両手形の手形金を二重に請求できることを意味するものではない。

「新旧手形が併存する場合においても両手形中のいずれか一方が支払われゝば、他方も当然消滅することはいうまでもない」(最高裁判所判例解説民事篇昭和三一年度、六五頁六行目、七行目、原審の引用する判例(二)に対する解説)ことである。

殊に本件は手形上の直接当事者間である振出人、受取人の問題であるから、本件手形(旧手形)の所持人である被上告人の請求を認めることは、被上告人を不当に利得させることになるものである。

従つて原判決の判断は、判例及び法令(民法第四九二、四九三条、手形法七七条、一七条)の解釈適用を誤まり、判決に明らかに影響を及ぼすものであり、又判決の理由に齟齬あるときにも該当し破棄を免れない。

四、なお上告人が本件手形の書替手形として新手形を振り出したことは、(1)被上告人が第一興業の持参する上告人以外の者の振出にかかる融通手形についても割引をなし、第一興業が満期日までに手形の割引金を返済しない場合は書替手形たる融通手形と引換えに先の割引手形を第一興業に返還するのを常としていたこと、(2)被上告人が第一興業の振出す手形につき不渡処分を受けたことを知つたのが昭和四八年一〇月初めであり、書替手形は満期日に直ち取立てに回したのに、本件手形については利息や手形書替の請求もせずに取得後一年余も後になつて取立て回すなど被告人に不自然な行動が見受けられること、(3)被上告人は別件訴訟において別件被告より本件と同趣旨の抗弁をされ、結局変造手形であることが判明して訴を取下げたが、右事件を書替の際返還さるべき旧手形が手元に残つているのを奇貨として旧手形を利用した事件であることなどからも明らかである(第一審の詳細な事実認定を参照されたい)。

原審証人の森三好はこれに反する供述をなしているが、同人は一審における上告人側の証人申請に応ぜず原審において一転して被上告人側の証人申請に応ずるなど、一審判決後被上告人との間に取引があつたことも推察され、又前記(1)乃至(3)の事実にも反するもので、証人森の供述は到底措信しえない。

よつて上告に及んだ次第である。

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